パリの窓から(45) 2017年10月5日レイバーネット日本掲載
マクロンの社会的クーデター
*9月23日のデモ「超金持ちこそ怠けもの」(右のプラカード)/写真Christian Fonseca
9月から新学年が始まったフランスでは、社会運動も再び動き出した。8月末に政府が発表した労働法典を改定する5つのオルドナンス(国会から授権されて行う行政命令)は、予測どおり雇用者側に有利で、労働者や労働組合の権利を縮減する内容だったため、9月12日に労働総同盟(CGT)や「連帯」系などの組合が呼びかけたデモは、全国で40万人(主催者発表、警察は22万人強)を集める大抗議となった。9月21日にも再びデモが行なわれたが、もとから聞く耳を持たないマクロンは翌日、オルドナンスにサインした。
つづく9月23日の土曜日、「服従しないフランスFI」が7月から呼びかけていた「社会的クーデターに反対するデモ」が行なわれた。パリのバスティーユ広場からレピュブリック広場まで、全国から集まった大勢の市民(主催者発表15万人)が行進した。いずれのデモも昨年のエル・コムリ法案反対の際と異なり、警察との暴力的な応酬がほとんどなくて(治安部隊もデモ隊にあまり接近しなくなった)、平和的に終わった。とりわけFIのデモは今回も、若い人が多くて明るい雰囲気だった。中でもソーシャルメディアで話題になったのは、「フランソワ・リュファン(アミアンでFIの議員になった『ファキール』紙のジャーナリスト)、パパはマクロンに投票したの、わたしを養子にして」というプラカードを掲げた11歳の女の子レナのビデオだ。「マクロンは労働法典をぶっ壊す、わたしたちの未来を」としっかり意見を述べて、ジャーナリストを驚かせた。
前回のコラムに書いたように、8月初め既に、労働法の改定を政府がオルドナンスで行なうことを認める法案は可決されてしまった。労働組合の一部は政府が謳う「社会対話」に期待したが、労働者側の言い分は今回のオルドナンスに取り入れられていない。不当解雇の賠償金の上限が設定(つまり大幅に削減)されたほか、1982年のオルー法でつくられたCHSCT(衛生・安全・労働条件委員会)の廃止(企業運営委員会と共に3つの委員会がひとつに合併)や、労働の辛さ・厳しさを考慮する退職年齢計算から4項目が外される、規定された例外以外は企業ごとの労働条件の労使合意が産業部門の合意に優先されるなど、労働者に有利な措置は何もないのだ。昨年、これよりネオリベラル度が少し低かったエル・コモリ法に反対して、CGTと共に大規模なデモを繰り返したFO(「労働者の力」)が今回ストを呼びかけないのは、組合間の力関係など思惑があるのだろうが、なんとも理解に苦しむ。実際、本部に反してデモに参加したFOの産業部門や地方組織もたくさんあった。
「マクロン法はパトロン(雇用者)法」「ガターズ(フランスの経営者団体Medefの長)が夢見たことをマクロンがやった」など、デモで掲げられたプラカードは、これが雇用者側が望む「改革」だと告発している。クビにしやすくすれば雇用者はもっと人を雇うだろう、という説を裏づける統計や調査はないのだが、フィリップ政府は「失業を減らすために雇用をフレキシブルにしなければならない」と主張する。一方、最初のデモ時に行なわれた世論調査によると、6割以上がこの改革は解雇をしやすくし、不安定な雇用を増やし、労働組合の役割を弱めるだろうと答えている。「このオルドナンスは35年以上前に逆行させる」「津波のようだ」など、デモ参加者はこの改正(改悪)の重大さを訴えた。
人々にショックを与えたのはまた、マクロン大統領がルーマニアやギリシアなど外国でのスピーチやインタビューで発した「フランス人は改革を嫌悪する」「怠け者やシニカルな人たち、過激主義者に対して自分は譲歩しない」といった侮蔑的な言葉だ(スピーチするときの動作は、サルコジそっくりになってきた)。プラカードには「万国の怠け者団結せよ」「マクロン、君のオルドナンス、侮蔑と傲慢を撤回せよ」など、大統領の言葉をもじった表現がたくさんあった。マクロンは以前も何度か重大な「失言」をしている。「駅では成功する人と『とるにたらない』人が交差する」といった言葉は、下層階級に侮蔑的な彼の世界観が隠しきれずについ出てしまったという印象を人々に与え、強い反発を引き起こした。
さて、「服従しないフランスFI」運動は労働法典改定にかぎらず、マクロン政権の政策全体を「社会的クーデター」と形容し、抵抗をよびかけている。労働法典に関して、オルドナンスによる改定という非民主的なやりかたと共に、改革内容がこれまでの原則を覆し、企業ごとの労使合意を優先するからクーデターだ、とジャン=リュック・メランションは主張する。その原則とは、企業の労使合意は産業部門の合意より労働者に有利でなくてはならず、産業部門の合意は法律より労働者に有利でなくてはならないというものだ。実は、保守政権下の2004年と2008年、さらに社会党政権下の昨年のエル・コムリ法により、企業の労使合意によって産業部門の合意や法律より雇用者側に有利な労働条件を決められる例外措置(超過勤務やフレキシブル労働についてなど)がとれるようになっていた。マクロン改革は、企業の労使合意優先の例外措置を禁止する領域を最低賃金、職種分類、男女平等など10項目に限り、企業ごとの労使合意を例外ではなく「規範」とするロジックに基づいている。政府は、産業部門の合意に重きをおいているから原則は覆されないと主張するが、エル・コモリ法で拡大された例外措置がさらに広げられ、優先順位が入れ替わったという指摘は正しいと思う。法律や産業部門合意にしばられずに労働条件を企業ごとに決めるのが「規範」となったら、全体が労働者にとって悪いほうに引きずられるのは必至だ。労使交渉のことを政府は「社会対話」と呼ぶが、企業とは経営者が労働者を解雇できる権力をもつ(その逆はない)組織であり、対等の者どうしが対話する場所ではないのだ。
マクロン政権が雇用者側、それも経営者団体長のガターズのような富裕階層に有利な政策を進めていることは、9月27日に発表された2018年度予算においても顕著に示された。前回のコラムでも書いたが、不動産以外の富裕税を廃止し、有価証券譲渡による収入への課税を一律30%にして「投資の活性化を図る」そうだが、つまり最も豊かな層の減税(40億ユーロと見られる)であり、それによって経済が活性化される保証はない。近年の傾向では、富裕層の株・証券保有は産業への投資につながらず(経済困難の工場などを助けたフランスの資本家はほとんど皆無)、ますます富が蓄積されている、と経済学者リエム・ホアン・ニョックは指摘する。一方で、低所得層や学生に与えられる住居手当ての削減、月収1200ユーロ(16万円弱)以上の年金生活者への増税、社会保障で還付されない入院費の値上げなど、「せこい」措置で国の出費を節約する。「投資家の国マクロン・ランドにノン!」というプラカードもあったが、マクロンの経済政策はEUで支配的なネオリベラルな綱領に基づいている。
「労働のフレキシブル化を行なったドイツやスペインなどで、賃金は低下した。失業率が減っても貧しい労働者が増えて生活難が増大した。フランスには900万人の『貧困者』(収入の中央値の6割以下の人々)がいて、200万人が社会住宅への入居を待っている。その一方で、政府はタックスヘヴンや税の低い国への脱税対策はとらない」と、9月28日にフィリップ首相を招いた政治番組に参加したFI代表のメランションは抗議した。富裕税のせいで外国に移籍(脱税)した人を呼び戻すには、富裕税を廃止するのではなく、アメリカ合衆国のように在外者も母国の税制に従って払う「普遍税」システムをつくればすむ、と彼は言う。
ちなみにメランションはこの番組で、「ユロ環境大臣は原発を19基止めなくてはならないと言っているが、具体的にどのような計画があるのか?」と訊いたが、首相はオランド政権下に採決されたエネルギー転換法(首相は当時、反対票を投じた)を踏襲する(2025年までに原発による発電を電力生産の50%に減らす)という回答にとどまった。オランドは任期中、公約に反して最古の原発フェッセンアイム2基さえ廃炉にしなかったが、マクロン政権下でも具体的な脱原発の廃炉計画はまだつくられていないのである。メランションは、全面廃炉を決めて具体的なエネルギー転換プランを直ちに実行すべきだと主張している。
9月28日は年金生活者のデモが行われ、10月10日には公務員のデモ(報酬凍結)が予定されている。9月のデモを呼びかけなかったFOの連盟総会でも、今後デモを行なうことが決定された。オルドナンスの一部の最終的な承認は国会で再び、たぶん11月に審議されることになっているので(しかし、ほとんどの内容は官報掲載後、直ちに施行されたという、複雑なシステム)、まだ闘いは終わってはいない。
この「社会的クーデター」に加え、マクロン政権は法治国家を危うくするもう一つの重大な政策を進めている。11月初めまで延長された「緊急事態」を終わらせるために、司法による令状と監視なしに、家宅捜索や自宅軟禁などができる権限を行政・警察に与えるテロ防止法案を採決したのだ(コラム43「窒息しつつある民主主義」6月15日)。これは、法治国家の例外である「緊急事態」の永続化であり、人権諮問委員会(CNCDH)や人権団体、法学者、弁護士などから強い抗議がなされていた。さらに、国連の人権の擁護、テロ防止関連法律における人権擁護部門の特別報告者2人が、このテロ法案の内容を人権を尊重するように改正せよと、9月22日にフランス政府にあてた書簡の中で強く要請したのだ。ところが、「法治国家と人権の擁護に深く関わってきた民主主義国のフランスを、多くの国が模範にしようと見ている」のだから、人権擁護の原則から逸脱する法律をつくるな、という国連からの警鐘にも関わらず、フランスの国会は10月3日、賛成415反対127棄権19でこの法案を採決した。保守と極右は「もっと厳しい法律にせよ」という理由で反対、法治国家からの逸脱を弾劾し、人権擁護の立場を主張したのは「服従しないフランス」17人と共産党14人だった。社会党の棄権(反対はなし)は僅か4人、「共和国前進」の棄権は3人のみという投票結果を見て、メディアパルトの編集長エドウィー・プレネルは「沈黙のうちに自由が絶えるとき」というタイトルの記事を書いた。
逆説的なことに、保守が過半数の元老院は7月、この法案の措置を法治国家の視点から少しマシにする修正案を採択したため、これから両院の委員会による調整が行なわれるが、このとんでもない法案は今月中に採択されそうである。折しも、ラスベガスで大量殺戮があった10月1日、フランスではマルセイユで二人の若い女性がナイフで殺害された。双方ともISが犯行を宣言したが、イスラム過激派とは何の関係もない事件である可能性のほうが高い。しかし、フランスの大多数の政治家はテロの恐怖を利用して、行政への権力集中を進めている。政治の「刷新」どころか、民主主義と福祉国家の大きな後退を超スピードで行なう政権に対して、フランスの市民はどのように抵抗していくだろうか?
2017年10月4日 飛幡祐規(たかはたゆうき)